ずっと、ず〜っとこのポストを書こうと思ったが、なぜかやらなかった。今年の夏は私にとってすごく難しい時期だった。3月以来毎日ぐらい泣いて来た。今までの人生の中でこんなに泣いたことはなかったと思う。しかし、泣きながら神様からの祝福について考えてきた。つらい試練を受けながら、神様の愛を深く感じることができた。だから下記の祝福に本当に感謝してる。 Continue reading ‘祝福’
Archive for the '家族' Category
今年お母さんは教会のガールズ・キャンプ(若い女性のためのキャンプ)の音楽指導者だった。そして私はお母さんにキャンプファイアー歌のギター伴奏をするように母さんに頼まれた。高校生の頃からずっとガールズ・キャンプに行ってないからあまり行きたくなかったが、楽しかったよ。ギターを弾くのもキャンプ・リーダーと遊ぶのも楽しかった。行ってよかったと思う。
毎年母さんは孫たちのためにカージンズ・キャンプ(従兄弟キャンプ)をする。今年はお祖母ちゃんたちの家を掃除する奉仕キャンプだった。いろいろ片付けたが、遊ぶ時間もたっぷりあった。ウィナー焼き、トラクター乗り、木登り、ハモック休み、花火などをした。金曜日に年上の子たちはカニスター山を登ってインディアンの岩石記を見た。その間、年下の子たちはお祖母ちゃんと一緒にクッキーを作った。田舎でたくさん楽しく遊んだ。お母さんは元気でできた事に本当に感謝してる。
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家の父ちゃんは素敵な父なんだけど、私と母ちゃんのフラワー・ボックスで野菜を作るという計画をあまり支えてくれない。その野菜を食べたくないからかもしれない。とにかく、父ちゃんは栗鼠や兎が野菜の葉っぱを食っちゃうのを全然気にしない。だから今週父ちゃんがスカウト・キャンプに出かけてる間、私は彼の電気鋸とか材木をこっそりと盗んで、働き始めた。私一回も木細工のクラスをとったことないから、作ったものは全然きれいじゃないけれど、今まで小植物たちは裸にされてない。

頑張って、野菜ちゃん!
私の美しい姉セリアは非常に強くがんばったが、5月16日に白血病で死んだ。死んだ一週間半前に医者は白血病の診断を出した。その白血病の種類はよく治るタイプだったから、セリアはすぐ治ると私の家族が思ってた。でもセリアの体は薬に悪反応があって、内蔵が利かなくなりかけた。 透析中に脳に動脈瘤ができて、それからもう目が覚めなかった。悲しくて、寂しくて言葉にできない。
セリアの知り合いは彼女がどのぐらい素敵な人だったか知ってるだろう。セリアを知らない人に彼女に会ってほしかった。楽しくて、優しくて、頭のいい素晴らしい姉だった。セリアは私がAとQの区別もできないころから私に愛読を教えてくれた。夜になったら私はセリアと一緒にベッドに入って、彼女は冷たい足を私の足で暖めながら色んな本を読んでくれた。私の方が楽しかったと思う。いつも面白いゲームを私と弟や妹のために作ってくれた。そしてメーク・ビリーブのために最高のキャラクターを考えた。私の大好きなのはオールド・デーム・ドッブ「ドッブ婆ちゃん」とグレチェン・ヴォン・クラッツ「ドジなグレチェン」だった。残念ながら、そのキャラクターは彼女が書いて監督した演劇に出なかった。演技が絶対トニー賞を得ないが、見てる人はいつも楽しそうに見てた。
年をとったら、私は何時間もセリアと楽しく話してた。彼女の家に泊まった時、よく2時、3時まで話したり笑ったりした。でもセリアは午前6時に起きて、子供がちゃんと学校の準備ができたと確認した。いつも笑顔で。セリアは私にとって慈愛や哀れみの素晴らしい模範だった。セリアと一緒に過ごした時間に永遠に感謝している。
下記のスライドショーはお葬式で再生された。
母は長い間ジョセフ・シティ小学校で3年生のクラスを教える上に音楽も教えて来た。年に3回演奏会をして、ジョセフ・シティの人たちはいつもその演奏会を楽しみにする。今年母は退職するから5月1日に最後の演奏会があった。母の夢の一つは私の兄弟はヴォン・トラップ家みたいに一緒に歌うことだったから、サープライズとして私たちは「サウンド・オブ・ミュージック」からの<Climb Ev’ry Mountain「すべての山を登れ」>を歌った。母はすごく喜んでくれた。それに、歌ったあとナチスから逃げる必要はなかった。
私とアリ姉ちゃんは10月の終わりにフランスとイギリスに言ってきた。何時間かベルギーにもいた。帰って来たすぐあとにブログするべきだったが、全然まめじゃないから今日まで新しいポストを書かなかった。わるかった。
とにかく、旅がすごく楽しかった。アリの一番楽しそうな時は私があるフランス人の料理屋さんのあいさつに「bon soir」と返事したら、「君フランス人じゃねえだろう」と言われた時だったと思う。ちょっとがっかりした。2言葉でばれちゃった。アクセントを練習しなくちゃ。
天気はほとんど冷たい雨だった。この頃のシアトルの天気みたい。でも私たちはあちこちに歩いたりした。二週間目に二人とも足にちょっと痛い胼胝ができた。
弟ポールはロンドンとバースで私たちと遊んでくれた。彼の面白い話や性格が楽しかった。
アリほど写真をたくさん撮らなかったが、下記の写真を楽しんでね。
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実は、誕生日はちゃんと正しいひに来たが、ブログするのがすごく遅かった。ごめん。電話したり、誕生日カードを送ったりしてくれた人たちのおかげで、愛をたくさん感じた。インターウルバンを待ってる人たちも「誕生日おめでとう!」と言ってくれた。
メグはケーキの代わりに超美味しいポ・ド・クレームを作ってくれた。けっこういい誕生日だった。


ばんざい!
私の父ちゃんと母ちゃんは絶対世界中に一番楽しいおじいちゃんとおばあちゃん。毎年彼らは年上の孫たちのために「従兄弟キャンプ」をする。そして小さい孫のために別のキャンプをする。今年私は従兄弟キャンプに行けた。私たちはボイス・トムソン樹木園とカチナー洞穴とツソンのプレシディオ公園のモルモン大隊の記念像とソノラ砂漠博物館とトント・ナチュラル・ブリッジに行ってきた。それぞれの場所で砂漠の美しさが新たに分かってきた。アリゾナは暑すぎるけれど、あそこに住んでも良いかも。
“http://mushpots.com/blog/slideshows/cousins2008/cousins08.html”
今月の頭ごろに両親の40年間の結婚記念日を祝うために出身のジョセフ市に戻った。40という数字について考えたら、聖書に書いてあるような試練が思い浮かぶ。ノアの時代に雨が40日間降って、世が洪水になった。モーセとイスラエルの民は荒れ野で40年間迷ってた。イエスは荒れ野で40日間断食して、それからサタンに誘惑された。両親が一緒に過ごした40年間にも試練や悔しい事がたくさんあったと思うが、彼らは全然そういう風に見えない。両親より愛の深い夫婦に会った事がない。 Continue reading ’40年’

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